お父さんが死んで、悲しい気持ちを溜め込みたくないからブログとか書いてみる。

こんばんは、たいりんです。

タイトルの通りなのですが、お父さんが亡くなりました。

俺が事故や災害、病気になって早死しない限り、親の方が先に亡くなるのだろうなとは考えていたけど、こんなに早いとは思いませんでした。

10月5日早朝、お父さんは「くも膜下出血」で倒れ、1週間以上病院で頑張ったけど、意識は戻らず10月16日の夕方亡くなりました。

病院に運ばれたその日から、お医者さんにもう無理かもしれないと告げられていて、お母さんと沢山泣きました。

毎日病院に行き、泣いたり、ボーッと眺めたり、話しかけたりしてお父さんを見守ってました。

そんな日々が1週間以上ずっと続いたせいか、心臓が止まってお父さんが亡くなった時はあんまり涙は出ませんでした。

そこからは色々やる事が多く、忙しかったです。

お母さんと私はボケーっとしてて、通夜や何やかんやはお父さんの弟、お兄ちゃん、お兄ちゃんの奥さんが全部やってくれました。

通夜にはお父さんの職場の仲間たちが沢山来てくれて、何だか俺も沢山泣きました。

出棺の時は泣き過ぎて、鼻水もいっぱい出ました。

火葬して骨になったお父さんを見て、本当にいなくなったんだなぁと少し感じました。

お父さんは仕事が終わったらすぐ帰宅し、ネットフリックスで海外ドラマ見たり、本を読んだり、庭の木や花をいじったり、夜には家の外のベンチに座って星を眺めたりする人で、休日もほとんど家にいました。

そんな感じでずっと家にいるお父さんだったので、家にお父さんがいないのはとても不思議な感覚です。

最近もそうだったけど、小さい頃から何でも話し、会話量の多い家族だったので、もっと話しておけばよかったという後悔は全くありません。

ただ、もっと長生きして欲しかったなぁとは思います。

俺自身はとても元気だし普段と変わらないつもりだけど、何をしてても不意にお父さんを思い出しては悲しくなってしまします。

突然泣きだしたりはしないけど、「もういないのかぁ」と考えると途方もなく寂しい気持ちになります。

時間が経つにつれて思い出す頻度、悲しみは減っていくと思うけど、これを書いてる今も何だか涙出たり涙止まったり涙出たりするので、まだ時間が解決してくれてないみたいです。

ずっと悲しい気分なのは嫌だから、お父さんが亡くなってからはお酒飲んでアニメ見たり、宅建の試験日も近いからと勉強もしてみたけど、何やっててもお父さんを思い出すとボーッとしてしまうから困ってます。

ツイッターとかYouTubeを見たりはしても、何かを呟いたり動画を投稿する気にならなかったです。

悲しい気持ちを溜め込んでても体に悪い気がしたので、今日はブログを書いてみたりしてます。

今日で宅建の試験は終わったし、明日の初七日を終わらせたら一通りの忙しさは終了かなと持ってます。

すぐやらなきゃいけない役所の手続きは終わらせたけど、まだまだ細かい手続きは残ってるから来週は公務員の人達と沢山やり取りしそうです。

通夜とかの法事系の時も思ったけど、この面倒臭い風習や手続き作業は悲しさを忘れさせてくれる役割もあるのかな?って思ったりしてます。

友達と遊びたいなぁって思ったりもするけど、気をつかわせるのも悪いし、「気をつかわないでいいよ」って言ってもそんなこと無理だろうし、何かもうよくわからないし、今は家でアニメ見たりして遊んでます。

何のためにこれを書いているのかもよくわからないけど、ブログ書いたりツイッターで呟いたりするの好きだったし、好きなことをやって悲しい気持ちを紛らわしたいのかな、俺?って思ったりしてます。

実家暮らしの失業手当で生き延びてる私は現在無職で、時間が沢山あり過ぎてこんなに悲しい気持ちが出てきたりしてるのかな?っても思います。

「お金を稼げない」以外で無職にこんなデメリットがあるとは知りませんでした。

偶然ではあるけど、今年に入って約10ヶ月間、お父さんとの最期を沢山一緒に過ごせたし、無職でよかったなぁと思ってます。

運が良かった思うようにます。

まだまだどうでもいいことを書きまくりたいけど、止まらないからこのくらいで終わっときます。

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